※お知らせ

—2023.03.23

13年の活動を振り返り中間総括をまとめました。 (今後の活動方針、サイト運営の指針にも触れてます) つきましては、ウェブサイト全体をリニューアルし、 運営中のコンテンツの一部とWEBページを記念碑化します。 募金ページと連動していた通販ページやダウンロードショップ、 情報提供のお願い、作品募集等は、現在稼働しておりません




どうすれば殺処分をなくせるか?
2019.02.21 更新






1.諦めない



   




 どうすれば殺処分はなくせるでしょうか。

 答えは私にもわかりません。



 ですがなくせることは確かです。

 現にドイツでは殺処分が0で

 処分する施設すらありません。



 アメリカも州によるでしょうが

 日本より残酷な殺し方ではなく

 薬による安楽死が多いと聞きます。


 日本もこれから少しずつそれに近づける事は可能なわけで

  いずれドイツのように殺処分0も不可能ではありません!

 

 下の図のように処分数も段々と減ってきています。
 
 殺処分の減少傾向
 引用: 環境省自然環境局 総務課 動物愛護管理室 


 インターネットの普及なども手伝い

 ペットショップで買うのではなく

 里親募集のネットワークを利用する人や

 引き取ってくれる人が増えたのかもしれませんし

 殺処分の現実も一昔前と比べれば

 動画サイトの普及などもあって

 理解されやすくなったのは確かでしょう。



 処分数自体は減っているのですから費用さえあれば

 安楽死の徹底だけでも早くに実現できるかもしれません。




 そのための具体的な行動ですが

 正直これもなにから始めればいいのか

 今はまだ手探りの状態です。


 ただ何かをしなければ

 殺処分はずっとなくならない

 という事は確かなので

 ともかく何かをはじめなければ、

 と思いました。



 その"何か"は何を始めたらいいのか

 いろいろと迷いました。


 ブログやホームページで

 かわいそうとつぶやいて

 いろんな人に投げかける事でしょうか。


 それも重要な事です。

 まだ日本の殺処分が安楽死だなんて

 勘違いをしている人たちも

 たくさんいます。



 どこかのNPO法人や動物愛護団体に入って

 活動すればいいのかな?とも思い、

 いろいろ探しましたが、

 どこの団体も

 「私達は人と動物達がより幸せになれる社会を目指し...」

 という感じがメインです。



 「殺処分廃止を目指します」というような

 自分のやりたいことにピッタリのところは

 いまのところありませんでした。(情報提供求む)



 なのでまずはできる事から始めようと思い

 このサイトを立ち上げました。


 これからどのようにしていきたいのかという

 指針、指標を定めてゆき、

 データの公開や人々への理解を呼びかける事、

 意見交換、情報や活動資金や仲間を集めるためにも

 きっと役に立つだろうと思ったからです。



 具体的に聞こえないかもしれませんが

 必ず殺処分をなくせると確信している事もあります。


 それは"諦めない事"です。





 継続は力なりという言葉にもあるとおり

 少しでもその"何か"を探して続けていく事。


 アクションを起こし、それらを続ける事が

 もっとも確実に殺処分をなくせるということは

 間違いないという確信はあります。




 あの殺処分の動画などをみたら

 「何とかしたい!」と思う人は結構いると思うんです。


 あれを見てかわいそうだと思わない人の方が

 逆に少ないんじゃないかと思うのですが、


 それでも現実に殺処分はなくならないので

 自分はどうしたらいいか?と考えたとき

 私は「絶対にこれをなくそう」と

 とにもかくにも硬く決心を決めました。




 科学的に不可能な事以外、大概の目標は

 諦めさえしなければ必ず達成できます。


 何かで失敗し、どこかでつまずいたとしても

 その間違えた以外の方法を次に行なえば

 成功する確率は前より上がるわけです。



 諦めずに頑張り続ければ続けるほど

 殺処分廃止に近づくのは間違いありません。


 
 精神論に聞こえるかもしれませんが

 確率論的にも、また精神論的にも

 これは否定しようのない事実です。



 ただ諦めないというのは口で言うのは簡単でも

 それが誰も出来ないので殺処分は未だになんともなりません。


 仕事が忙しい、自分の生活で手一杯、

 親の面倒を見なければならない、

 子どもの世話をしなければならない。



 いずれはそういうごちゃごちゃした日常に負け

 「しょうがない」という立派な言い訳をたてに

 雑然とした毎日に埋もれていくのだと思います。




 しかし諦めない限りは

 必ず殺処分は廃止できます。



 エジソンは電球をつくるのに1万回失敗しましたが、

 そのことを決して失敗とは言わず

 「うまく行かない方法を一万通り発見しただけだ」

 と言いました。



 エジソンが9999回目で

 「やっぱり何やってもうまくいかないからや~めた」

 と言っていたらもしかしたら電球が発明されるのは

 百年遅れたかもしれません。





 また殺処分をなくすこと事態は

 歴史に名を残す偉業をなしとげよう。だとか

 世界経済を巻き込んだ大革命をおこす!といった

 そこまでの大事(おおごと)なわけでもないわけです。



 一人でぜんぶできるほど小さな事でもありませんが

 ある程度やる気と知恵、力を持った者が集まり

 継続して活動してゆけば殺処分ぐらいなくなります。




 たとえば黒人、有色人種の差別撤廃を求めて活動し

 「非暴力主義」をかかげ、ついには法による人種差別を終結させた

 アメリカの偉人、キング牧師はサイン会中にナイフで刺されたり

 最後は白人に撃たれ暗殺されてしまいました。



 それに比べれば殺処分を廃止を訴えて活動すること。

 まして平和な日本で活動するのですから

 地道に進んでゆけば必ず理解も得られますし

 あんがい簡単に実現したりもするかもしれません。


 少なくとも生きるか死ぬかの

 危険を犯すことでもないです。




 それ以前になにも法改正や規制に頼らず

 ドイツのように子犬や子猫の生体展示販売をしたら

 そもそも民間が黙っていないくらいの世論にかわれば

 買う人もいなくなって商売を成り立たせなくなるすることも

 ありえるわけで手段はいくらでもあります。


 いずれにせよ今の殺処分が

 どれだけ残酷なのか広める事、

 多くの人に知ってもらう事は

 大切なことでしょう。



 インターネットも普及し、

 情報の発信も簡単になりました。



 けど人々のモラルばかりに頼っていても

 やはり何も解決しません。


 ですがこれほど便利な世の中になったのですから

 近い将来、絶対に殺処分はなくなる。なくせる。

 と確信しています。



 あちこちのホームページで同じように

 殺処分に関心をもってもらおうと活動している方々。


 作品などを作ったりして

 アプローチをしている人達が多い事も

 心強い事この上ありません。












 ただ調べても調べても具体的に何をすればいいのか?

 ということは残念ながらありませんでした。


 どこの動物愛護団体も

 目の前の犬猫を助けるのに必死で

 殺処分廃止に対しての取り組みだったり

 マニフェストや公約をかかげての

 目だった活動をしているところも

 今のところ見かけません。


 (動物愛護支援の会マルコ・ブルーノ氏のマニフェスト[2013.01.10リンク切れ]や、
  THEペット法塾の"真に動物を守る法律へ[リンク切れ]"はとても参考になりました、
  特にペット法塾さんの著名活動や"法改正4つのポイント"は
  殺処分廃止に近づく大きなステップだと思いますので私はこれを支持します。)




 何も知らない一般の人だったら

 殺処分の動画を見て自分もなんとかしたい!と

 思い立ったとしても「行政は何やってんだ!」

 の一言だけで終わってしまったり、

 よくてもSNSにコミュニティを立ち上げてみたり

 最高でも動物愛護団体へ募金するくらいしか

 やることがないのが現状ではないでしょうか?

 (ブログやコミュニティ、ホームページでの広報は
  極めて有意義ですので継続して続けてください)





 多くの団体はともかく犬を助けたい、

 救いたいという事で、募金の使途も

 犬や猫の為のエサや備品代だったり

 病気の子の治療費だったりに回されがちです。


 「殺処分」という強大な敵に対するアプローチは

 いま一つ消極的に思えてなりません。





 捨てられた犬達が殺されることなく

 新しい飼い主、家族と出会えて幸せになれるのは

 素晴らしい事ですが、、

 「新しい家族が決まりました!」と

 1匹2匹と里親が決まり

 笑顔で写ってるワンちゃんやネコちゃんとのツーショット写真が

 めでたく貼られているその瞬間でも、

 毎日300匹、400匹と殺処分されているのは

 誰だって目を背けたい現実です。



 その間にも街では

 狭苦しいショーウインドウに飾られて

 新しい猫や犬が売られ続け

 経済力のない人でも

 「きゃ~!カワイイ♪」と言う衝動で

 簡単にそれらを手に入れることができます。

 借金(ローン)や分割払いでも買える始末です。



 というかそれが狙いだから

 あんなとこへ入れられてるんです。



 そして飽きたら自由に捨てる事ができ、

 民間人であれば保健所に引き取らせるのが合法という

 悪循環、理不尽は今現在も解決していません。





 今はマシになりましたが昔は顔すら合わせずに

 通販でカード番号を入れれば誰でも買えた始末

 (写真と雰囲気が違うという理由で捨てられるペットもいたそうです)。



   

 超目玉商品多数ご用意!だってさ 

 
 

 ブランド物のバッグや時計だったり

 ぬいぐるみやおもちゃなら

 飽きたら物置にしまってまた新しい物でも

 買えばいい話ですが、、




 生き物は別です!













 しかし日本はそれが別ではありません、

 飽きたらちゃんと捨てれるのです。

 
 保健所へ持ち込めば殺して焼いて灰にしてくれます。


 気休めの慰霊碑の下には何もなく

 その灰すら第一次産業廃棄物として処分。



 料金も無料~2000円くらいで

 テレビや冷蔵庫捨てるよりもリーズナブル。


 粗大ゴミ以下の扱いです。






 ふざけんな!!




 そして毎日400匹近く

 今日も要らなくなった物たちが

 しゅくしゅくと処分されます。



 物と同じでいつ買うのも捨てるのも

 この国では自由です。




 皮肉な事に金属バットで頭を叩いて即死させ

 バラバラにして生ゴミとして出せば

 動物愛護法違反で捕まるかもしれませんが、



 より多くの恐怖と苦痛を味う

 保健所に出すのはOKと言う現状です。




 保健所から積極的に犬や猫を引きだし

 譲渡会や里親募集を行なう保護団体や

 ボランティアが多いことは

 喜ばしい事であり心強いですが、

 ネガティブに考えれば逆に


 「保健所に引き渡しても気に入った人がいれば世話を焼いてくれる」

 「もし飼えなくなっても誰か何とかしてくれるだろう」


 と言う甘えも生み出しかねません。



 まだ統計をとったわけでもないですし

 現場に視察へ行ったり法律や行政の事を

 たくさん勉強したわけではないので

 この問題に取り組み始めてから日の浅い現在、

 「これをすれば殺処分はなくなる」と

 ポンと断言も出来ないですが、



 とりわけこのペットショップでの

 生体展示販売は極めて疑問です。



 親から引き離したちっちゃい子どもの時期にあんな狭いケースへ

 売れるまでずっと閉じ込めてかわいそうだとは思わないのでしょうか?

 思う人だって必ずいるはずです。






 話が少しそれますが

 日本は世界でも本当に豊かな国で

 着るものも食べるものも

 捨てるほどある所です。



 紛争や暴動もなく治安は最高レベル、

 争いが起こらず文化も美しい誰もがうらやむ国です。



 一説にそれは国民にみな協調性があり

 和の心を大事にするからとも言われます。



 何だかんだで私も日本が好きです。

 協調性が必要なのも同意見です。

 ところがこの"和の心"と言えば耳あたりが良いですが

 つまりは「見てみぬフリが大得意」という事でもあります。



 そしてみんながやってさえいれば

 誰も疑問に感じないという島国根性丸出しな部分があり、

 それに疑問を投げたり皆と異なる主張をすると

 和を乱すな。空気読め。と出るクイをすぐ叩きます。



 昔から村八分なんていう言葉もありますよね、

 「めったなことを言うな」と言う表現も日本独特な気もします。


 人々は言いたいことも言えずストレスがたまり

 それが買い物や娯楽と言った消費活動へと向くので

 日本には娯楽やサブカルチャーが大変多く

 どこもかしこも商品や物で溢れ返っているのは

 そういったこともあるのではないでしょうか。


 都心では駅前に必ずパチンコ屋があり

 商店街はおびただしい数の靴や服やアクセサリー。



 皆ストレスの原因にはあまり興味はなく

 気軽な消費によってストレスも一緒に消費しようとします

 (吸えなくてイライラするからまた吸うという悪循環にも似てます)。


 儲かるからと売る側もどんどん煽って消費社会は加速し

 しまいには消費がされればされるほど

 景気は良くなるんだ。とまで言うようになります。



 そういった要素も手伝い

 動物もあんな狭いところに閉じ込められて平然と物扱い。

 経済大国のこの国では立派な消耗品扱いです

 (資本主義が悪いと言ってるわけじゃありません)。



 プードルだチワワだ、

 血統書があるだないだ、と

 ブランド物のような扱い方までうけています。



 バッグや時計じゃないっつうの。



  









 消費社会はおいとくとして

 喜んだり怖がったり痛がったり

 私達と同じように感情のある生き物。


 まして犬は古来より人間のパートナーとして

 たいへん人類に貢献してきた功労者です。


 そんな命をこのようにもてあそぶ行為が

 はたして人として許される事でしょうか?



 例えば戦争が起きれば大量に銃や爆弾や戦車の注文が入り、

 鉄や銅など大量の資材や工業に対しての需要が生まれますし

 産業がうるおって、とても景気がよくなるとしましょう。



 しかし 不景気だから という理由で

 他国の人間を殺したり爆撃したり、
 
 まして安くて効率がいいからと言う理由で

 多くの苦痛をともなってたくさん人を殺す兵器を

 作ったり売ったりすることが正しい事でしょうか?



 「そいつらが苦しみ続けりゃ丸く収まる事じゃん?」

 これではイジメそのものですよね・・。



 仮にそういった、もろもろの

 道徳的な価値観をいったんおいたとしても

 これは何の解決でもないのは明らかです。



 ほうっておけばいずれ死ぬ病に犯されながら

 ちゃんと向き合って治療もせず、

 手軽に痛みが和らぐからと

 麻薬を打ち続けているようなものです。





 "国の偉大さと道徳的発展は、その国における動物の扱い方で判る"



 と言うのはマハトマ・ガンジーの言葉ですが、

 これはとても的を得た言葉です。





 日本は経済的には先進国でも、

 道徳的にはちょっと発展途上じゃないかと

 感じるところがたくさんあります。




 アメリカは国民の数が多いので数字上は上なのでが、

 ほとんどの州が薬の注射による安楽死だったはずですし、


 イギリスのペットショップは

 子犬や子猫の展示販売はしておらず

 保健所もありません。


 処分も全て麻酔による安楽死でどこも進んでいます。

 動物愛護先進国、ドイツに関しては処分0!




 消費社会に対する批判まで

 混ざってしまった気がしますが、





 ともかく言いたい事は、

 殺処分なんてどう考えてもおかしい。

 という事です。




 なので私はこの先も変わらない

 基本方針、心構えとして

 "あきらめない"という事を

 大事にしたいと思います。



 こんな理不尽な事を見て見ぬふりは

 さすがにできません。



 生涯をかけてでも必ずなくそうと

 固く決心しています。





 あとは他に何を見ても影響されずに(盲目になればよいわけではない)

 この殺処分をなくす事のみに集中する事でしょうか。


 世の中にはフォアグラの採取過程で

 ガチョウに拷問し続けるなど、反吐が出るような虐待が

 たくさんあります(現にガチョウは反吐を吐いてます)。


 ケンタッキーフライドチキンだってえぐいです。



 これの方がもっとひどい!

 あれを何とかしなきゃ

 こっちも何とかしなきゃ

 といろいろ騒いでいたのでは

 中途半端になりかねません。



 同じく殺処分の廃止を目指す仲間が出来たとしても

 これでは信頼関係も築きにくくなる事でしょう。



 ちょっとした打ち合わせをするにしても

 ケンタッキーは駄目で吉野家もダメで

 マクドナルドにも牛肉が…などと次々に言っていたら

 もはや我々の活動は水とパンのみを食べ、

 座禅を組んで世界中の救われぬ魂達のために

 黙祷をささげ、お祈りしましょう。

 というわけのわからぬものになりかねません。



 動物愛護精神を忘れず

 また非暴力を理想に活動をしたいですが、

 通す意見はきちんと通し

 やる事はしっかりやるという姿勢は

 殺処分がなくなるその時まで

 貫き通したいと思います!




 そして目標を達成した暁には

 みんなで盛大に乾杯して

 うまい物でも食べに行きたいものです。



 そのとき初めて

 「そういえばこのフライドチキンってさ、、」

 と言えば完璧ではないでしょうか。




 また動物愛護の精神が根本的な動機であっても

 感情に任せた活動は優先しません。



 目の前に捨てられた子犬や

 今にも死にそうな子猫が横たわっていたとしても、

 平然と見捨てるぐらいの精神力も

 時に必要かもしれないからです。



 この活動は毎日300匹も400匹も殺され続ける

 殺処分という馬鹿げたシステムを

 何とかなくすための活動です。



 目の前の1匹2匹の世話に時間を割いてしまい、

 殺処分廃止が1日遅れたら・・・という事も

 現実問題として頭に入れておく必要があります。









 私は熱心な愛国者と言うわけではないですが

 それでも日本は素晴らしいところだと思います。


 しかし「日本人てどんな民族?」と聞かれたら

 僕は「みんな良いヤツさ!」と胸を張って答えられません。


 こんな悲しい現実が未だに存在しているんです。






 動物愛護支援の会

 マルコ・ブルーノ氏や



 NPO法人アニマルレフュージ関西の

 エイザベス・オリバーさんなど


 日本国内で熱心に動物愛護活動に

 取り組んでいらっしゃる方々がいます。


 思うに海外から見れば日本のペット事情は

 信じられないものがあるのだと思います。



 人は人なので日本だから外国だからと

 どうたらこうたら言うのは好きではありませんが、




 これはもう人間として、、

 そして日本国民としても皆で取り組んでゆくべきだろう!

 わたしは強くそう思います。



  

2.情報の収集・発信→
2012/03/26 6:23作成












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